ニュースとは関係ないのだけど。
今日、13年と8ヶ月を生きた愛犬が永眠しました。
肺がんと言われて約1年だった。
初めて我が家に来たのは私が二十歳の時。
今でも鮮明に覚えていて
白くて丸くてフワフワでちっちゃいヌイグルミが
無邪気に走り回ってる姿、本当に愛らしさを感じた。
22歳で嫁いでしまった私は
一緒に暮らした期間はとても短かったけど
それでも、実家に帰れば
あおむけになってお腹を見せて尻尾をユラユラさせて
喜んでくれてた。
でも、年を取ってからというもの
ほとんどを寝て過ごし、私が行っても気付かない。
耳が遠くなってしまってるし、目も白内障になってしまってて。
老いを実感してたんだけども。
肺がんを宣告されたのは本当にショックだった。
家族会議の結果、
高齢の為手術で悪化させてしまう可能性もある、
成功しても完全に治る見込みは少ない等の医師からの説明もあり
都度、症状を抑える処方をしてもらいながら、寿命を全うさせる
という結論に至った。
実家との電話でも
次第に増える電話口の愛犬の咳の音
それでも、食欲さえあれば長生きしてくれるって
ずっと信じてた。
だから、一日寝てばかりでも咳をしてても
ご飯を食べてると聞いたら安心してた。
ベランダに出るのを好み、人を見かければ吠えて母に怒られてた。
無理やり抱っこしようとすると「ウーッ」と唸って歯を剥き出しにしてた。
肺がんって言われて
咳が止まらなくても
なんだ、元気じゃん って。
それが、5日前に下痢をして
食欲が落ちてご飯を食べられなくなった。
とりあえず何かしらでも食べてくれればと、
おやつをあげててほんのちょっとだけ食べてた。
昨日からは鼻の呼吸だけじゃ足りなくなって
口が開きっぱなしになってた。
そして、今朝10時40分に母からの電話で
「もう今日一日持たないかもしれなからおいで」と言われて
準備をし始めて11時頃、またかかってきた電話に嫌な予感がしつつ
「今逝きました」と、連絡が入った。
おととい、母からメールで
「食欲落ちたからそろそろまずいかも」と来てたんだけど
月末で連日残業確定、
母からの「もうそろそろかも」という言葉も半年前から聞いていたから
正直、なんだかんだでまだ大丈夫でしょ?
と思ってしまっていた。
昨日は結局最終日で遅くまで残業してたけど
なぜ、無理やりにでも仕事帰りに実家に寄らなかったか
今日、実家に行って愛犬の亡骸を抱きしめて
生きている時に抱っこしたかった って
本当に思って。
呼吸が苦しくて苦しくて、
やっと開放されて良かったね
っていう気持ちもあるんだけど
できる事なら、
肺がんになんてならずにあと5年は長生きして欲しかった。
火葬場で、
ちっちゃい骨になってしまった愛犬は骨壷にしまわれて、
両親どちらかお墓に入るまで実家でみんなと過ごすらしい。
13年前に初めて会ったあのフワフワな白い愛らしい犬は
今はもう無機質な骨へと変わってしまって
家族全員を悲しみに暮れさせている。
どんなに願っても、もう元の姿で現れてくれない。
なんとか自分を納得させようと
肺がんと宣告されてからよく頑張った とか
人間でいうと70歳、十分往生だよ とか
やっと苦しみから解放されてゆっくり休めるんだよ とか
死を覚悟してたから写真や思い出をたくさん残せた とか
命あるものいつか死ぬ、順番なんだから とか。
いろいろ言い合ってるんだけどね、
とにかく悲しい。この気持ちだけはどうにもならない。
やっぱり、時間しかないんだと思う。
それでも
まだ、私は実家から離れて生活していた分
ずっと病気になってから傍に居続けてた母より
悲しみは薄いかもしれない。
そして、次にやってくる別れの場面は
私が育てている2匹の犬のどちらか かもしれない。
今日、家に帰って真っ先にうちの犬達を抱きしめた。
「実家の犬の分もたくさん長生きしてね」って言いながら。
必ずやってくる愛犬の死に悲しまない方法なんてないから。
少しでも後悔が減らせるように、大事にしたいと思った。
「POKKY みんなが順番に行くからそれまでちょっと待っててね!」
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by Yuna
ストレスが溜まってたって。